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福岡高等裁判所 平成10年(ネ)392号 判決

控訴人(原審甲事件原告)・当審反訴被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

森田富治郎

控訴人(原審甲事件原告)

三井生命保険相互会社

右代表者代表取締役

三宅明

控訴人(原審甲・乙事件原告)・当審反訴被告

明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役

金子亮太郎

控訴人(原審甲事件原告)・当審反訴被告

安田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

大島雄次

右四名訴訟代理人弁護士

南谷洋至

南谷知成

右訴訟復代理人弁護士

朝雲秀

被控訴人(原審甲事件被告)・当審反訴原告

甲野太郎

被控訴人(原審乙事件被告)・当審反訴原告 福岡○○株式会社

右代表者代表取締役

甲野次郎

右両名訴訟代理人弁護士

横光幸雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人(原審甲事件原告)第一生命保険相互会社、同三井生命保険相互会社、同明治生命保険相互会社及び同安田生命保険相互会社各自と被控訴人(原審甲事件被告)甲野太郎との間において、原判決別紙生命保険契約一覧表番号4ないし7記載の各保険契約に基づく右控訴人ら各自の同被控訴人に対する一切の債務が存在しないことをそれぞれ確認する。

三  被控訴人(原審甲事件被告)甲野太郎は、控訴人(原審甲事件原告)三井生命保険相互会社に対し、金一九一万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年一一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人(原審乙事件原告)明治生命保険相互会社と被控訴人(原審乙事件被告)福岡○○株式会社との間において、原判決別紙生命保険契約一覧表番号6記載の保険契約に基づく右控訴人の同被控訴人に対する一切の債務が存在しないことを確認する。

五  当審反訴原告甲野太郎及び同福岡○○株式会社の当審反訴請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審及び本訴反訴を通じ、すべて被控訴人らの負担とする。

七  この判決第三項は仮に執行することができる。

事実及び理由

(当事者の略称)

以下においては、控訴人(原審甲事件原告)・当審反訴被告第一生命保険相互会社を「控訴人第一生命」と、控訴人(原審甲事件原告)三井生命保険相互会社を「控訴人三井生命」と、控訴人(原審甲・乙事件原告)・当審反訴被告明治生命保険相互会社を「控訴人明治生命」と、控訴人(原審甲事件原告)・当審反訴被告安田生命保険相互会社を「控訴人安田生命」と、被控訴人(原審甲事件被告)・当審反訴原告甲野太郎を「被控訴人甲野」と、被控訴人(原審乙事件被告)・当審反訴原告福岡○○株式会社を「被控訴人会社」と、それぞれ略称する。

第一  請求

一  控訴の趣旨

1 主文第一項同旨

2 原審甲事件

主文第二項及び第三項同旨

3 原審乙事件

主文第四項同旨

二  当審反訴

1 控訴人第一生命は、被控訴人甲野に対し、金一七六万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 控訴人明治生命は、被控訴人会社に対し、金五八八万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 控訴人安田生命は、被控訴人甲野に対し、金二九四万円及びこれに対する平成五年一一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

事案の概要は、後記一ないし三のとおりであるほかは、原判決の「第二 事案の概要」欄及び「第三 当事者の主張」欄(三枚目裏一行目から一五枚目裏九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、当事者の略称は、本判決における当事者の略称のとおり読み替えるものとする。

一  原判決の補正

1 原判決三枚目裏七行目の「製罐業」とある前に「昭和一四年五月一六日生れで、」を加え、同五枚目表六行目の「甲二一号証の一ないし四」を「控訴人第一生命につき甲五九、同三井生命につき甲六〇、同明治生命につき甲六一、同安田生命につき甲六二。」と改め、同枚目裏三行目の「本訴」の次に「(原審)」を加え、同一〇行目の「求めているものである」を「求めた。これに対し、被控訴人らは、本件各保険契約が有効であるとして、争っている」と改める。

2 原判決五枚目裏末行の「(甲・乙両事件)」を削除し、六枚目表一行目の「原判決らの請求原因」を「控訴人らの主張」と、同二行目の「公序良俗違反」を「本件各保険契約の公序良俗違反による無効」と、同五行目の「八契約」を「一〇契約」と、それぞれ改め、同枚目裏一行目の「保険会社」の次に「(控訴人明治生命)」を加える。

3 原判決八枚目表七行目の「高額」の前に「一度」を加え、同八行目の「付加できる」を「付加でき、その後生命保険金額を減額しても、右入院給付金額を維持できる」と改め、同九行目の「示すものである。)、」の次に「保険料引き落とし日の直前に入金することが多かったこと、保険料の自動振替貸付制度を利用していること、後記の乙山一郎らから資金援助を受けていたこと、」を、一〇枚目表五行目の「病気ではないこと、」の次に「被控訴人甲野の主訴に真実性はないこと、心臓疾患に関する経過観察の必要性もなかったし、経過観察と矛盾する消化器系の検査さえ行われていること、」を、それぞれ加え、同一〇行目末尾で改行の上、次の記載を加える。

「仮に、右各保険事故による入院が不必要な入院ではないとしても、①右各疾病はいずれも慢性疾患であること、②本件の短期集中加入の態様が極めて不自然であること、③後記のとおり、詐欺グループ関連者と本件は密接に関連していることに鑑み、入院の原因となった疾患が入院の必要な程度の症状であったとすれば、被控訴人甲野においては、本件各生命保険契約の加入前から何等かの体の変調を自覚し、入院について予期していたものであり、したがって、それを奇貨として不慮の事故に備えるかの如く装ったものであり、被控訴人らの本件各生命保険契約締結行為が、不正受給目的でなされたものであることを示すものである。」

4 原判決一〇枚目裏二行目の「告知せず、」の次に「控訴人明治生命に対する平成四年一二月一一日の保険料減額請求に際し、直前の岡垣記念病院に入院(A保険事故)としているにもかかわらず、その旨告知せず、控訴人安田生命に対する同月二八日の保険料減額請求に至っては、右同様の不告知があるのみならず、さらにはその際宗像水光会総合病院に入院中(B保険事故)であったにもかかわらず、その旨告知さえしていないのであり、いずれも」を加える。

5 原判決一一枚目表九、一〇行目の間に以下の記載を加える。

「6の2 本件事案が不正受給グループの案件として問題化したことから、控訴人らは保険料の引去停止の措置を取ったところ、被控訴人らは、保険契約維持のために保険料を支払供託することもしなかったため、本件各保険契約は現在失効しており、失効から三年以上経過しているため、復活も不可能である。

被控訴人らは、正当な目的で保険に加入したとすれば、生命保険契約の性質上継続しなければ意味がなくなってしまうから、契約の維持に努めるはずである。しかし、被控訴人らには、右のとおり保険継続の意思が認められない。この点は、被控訴人らが保険詐取目的の入院をして目的を一応達成しうる状態になったので、あえて継続にこだわっていないという事実を表しているものである。」

6 原判決一二枚目表一行目の「詐欺無効」の次に「約款による無効」と、同枚目裏一行目の「被告らの認否及び反論」を「被控訴人らの主張」と改め、同二行目の「公序良俗違反」の次に「との主張」を加え、同三行目の「請求原因」を「控訴人らの主張一」と、一三枚目表三行目の「同2」を「控訴人らの主張一2」と、一四枚目表九行目の「同3は争う」を「控訴人らの主張一3はすべて争う」と、それぞれ改め、同枚目裏二行目の末尾に「被控訴人甲野は、各病院医師の診断の下にその指示で入院したものである。」を加える。

7 原判決一四枚目裏三、四行目の「同5の告知義務違反及び合意解約の事実そのものは認めるが、」を「控訴人らの主張一5のうち、日本団体生命に対し岡垣記念病院への入院歴を告知しなかったこと及びアリコとの間の生命保険契約を合意解約したことは認める。」と改め、同五行目の末尾に「その余の同項の主張はすべて争う。」を、同九行目の末尾に「同6の2の主張も争う。」を、一五枚目裏七行目の「詐欺無効」の次に「約款による無効との主張」を、それぞれ加え、同八行目の「請求原因」を「控訴人らの主張二」と改める。

二  当審における主張の追加

1 控訴人ら

控訴人らがこれまでに公序良俗違反及び詐欺無効を基礎づける事実として主張した事実は、約款上の重大事由による解除事由各号にも該当する。

控訴人らは、平成一一年七月九日の当審第八回口頭弁論期日において、約款に基づき本件各保険契約を約款所定の重大事由に該当するとして解除する旨の意思表示をした。

以上により、本件各保険契約は、少なくとも保険事故発生前である被控訴人らが控訴人らとの右契約を完成させた時点(平成三年一一月一日ころ)には解除事由が発生しており、この時まで解除の効果は遡ると解する。そして、重大事由解除により、入院給付金を支払う必要はなく、既に支払った入院給付金は返還請求し得るのである(重大事由解除条項)。

2 被控訴人ら

控訴人らがその主張のとおり重大事由を理由に解除の意思表示をしたことは認め、その余はすべて争う。被控訴人らの主張は、既に述べたところを援用する。

三  当審における反訴請求

1 被控訴人らの主張

控訴人らの約款では、入院給付金については、入院五日目から請求できるとされ、又、一回の入院につき一二〇日を限度とするとされている。そこで、A保険事故については二七日、C保険事故については一二〇日、合計一四七日分の入院給付金請求権を生ずる。さらに、本件各保険契約については、別紙一覧表(原判決のそれを本判決末尾にも添付する。)に記載のとおり、成人病特約があり、控訴人第一生命の入院給付金日額は一万二〇〇〇円、同明治生命のそれは四万円、同安田生命のそれは二万円である。よって、控訴人第一生命は一七六万四〇〇〇円、同明治生命は五八八万円、同安田生命は二九四万円の入院給付金支払義務がある。

被控訴人らは、控訴人明治生命に対し平成五年一一月五日、同第一生命及び同安田生命に対し同月九日、右入院給付金の支払を請求した。

なお、控訴人らの主張に対する反論は、これまでに主張しているところを援用する。

2 控訴人らの主張

被控訴人らの主張する事実は認めるが、本件各保険契約の有効性及び各保険事故についての入院の必要性は争う。控訴人らの主張は、これまでに主張しているところを援用する。

第三  争点に対する判断

一  詐欺無効約款による無効の主張について

1 認定事実

前示事案の概要欄記載の事実、当事者間に争いのない事実及び後掲の証拠によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証人乙山一郎の証言部分及び被控訴人甲野本人尋問の結果部分は右認定事実に対比し採用できない。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠も存しない。

(一) 本件各契約締結の経過等

(1) 被控訴人甲野は、別紙一覧表の番号1、2及び9(以下「番号1」等と略称する。)のとおり別件各保険契約を締結しており、番号9の契約締結時点での合計保険金額は、普通死亡生命保険金四五五〇万円、災害死亡生命保険金九〇五〇万円、疾病入院給付金日額三万円、成人病入院給付金日額一万五〇〇〇円となり、合計保険料は月額八万三八九五円となっていた。

そして、同被控訴人は、以上既存の各保険契約にも拘わらず、さらに、平成元年一一月一六日から同年一二月一〇日までの僅か二五日間で、立て続けに番号3ないし5の本件各保険契約締結を申し込んだ。

番号3ないし5の別件及び本件各保険契約における合計保険金額(減額前)は、普通死亡生命保険金九五三三万五〇〇〇円、災害死亡生命保険金一億二三一七万円、疾病入院給付金日額二万七〇〇〇円、成人病入院給付金日額八〇〇〇円となり、合計保険料(減額前)は月額一一万七二三八円となる。

したがって、平成元年末までに既加入の番号1ないし5及び9の別件及び本件各保険契約のみについても、その合計保険金額(減額前)は、普通死亡生命保険金一億四〇八三万五〇〇〇円、災害死亡生命保険金二億一三六七万円、疾病入院給付金日額五万七〇〇〇円、成人病入院給付金日額二万三〇〇〇円となり、合計保険料(減額前)は月額二〇万一一三三円に達していた。

(2) 控訴人第一生命の保険勧誘員八木タメ子は、同人の夫と二〇数年来の付き合いのあった乙山を夫を通じて知り合い、乙山と食事をしたり酒を飲みに行ったりする付き合いをしていたところ、平成元年六月ころ、乙山に生命保険の加入を勧めたが、既に沢山加入しているので入れないと断られた(乙山の加入状況は後記(四)(1)に認定のとおりである。)。そこで、八木は、乙山に対し、昭和六一年二月ころにいったんは加入していたが失効させた被控訴人甲野を紹介するよう頼み、被控訴人甲野は、乙山から頼まれて、それから約六か月後の平成元年一二月一日、番号4の本件保険契約締結に至った。

八木は、被控訴人甲野の右契約申込みに際し、マニュアルどおりに他社加入の有無を聴取したが、被控訴人甲野は、番号1の契約について告知したものの、番号2、9及び四日前に申し込んだ番号3については、告知しなかった。(甲五の2、証人八木タメ子)

(3) 控訴人三井生命の保険勧誘員宮崎和枝は、平成元年一二月一〇日ころ、二〇年来の知り合いである乙山から被控訴人甲野の紹介を受けるとともに、即日加入申込みを受け、翌平成二年一月一日、番号5の本件保険契約の締結に至った。

被控訴人甲野は、右申込みの当初から入院給付金日額一万円を希望し、死亡生命保険金額五〇〇〇万円は却ってこの日額を確保するために定められた。

宮崎は、被控訴人甲野の右申込みに際し、マニュアルどおりに他社加入の有無を聴取したが、被控訴人甲野は、番号1の契約のみを告知し、同2及び9並びに同時期に契約加入した同3及び同4については告知しなかった。(甲六の2、二〇、証人宮崎和枝)

(4) その上更に加えて、被控訴人甲野は、平成三年一〇月二三日に番号7の、被控訴人会社(実質的には被控訴人甲野の経営である。被控訴人甲野本人)は、同月二四日に番号6の本件各保険契約を立て続けに申し込んだ。

両保険契約の合計保険金額(減額前)は、普通死亡生命保険金一億一〇〇〇万円、災害死亡生命保険金一億七〇〇〇万円、疾病入院給付金日額二万円、成人病入院給付金日額四万円となり、合計保険料(減額前)は月額一三万五〇三二円となる。

両保険契約と、これまでに締結済みの番号1ないし5及び9の別件及び本件各保険契約との合計保険金額(減額前)は、普通死亡生命保険金二億五〇八三万五〇〇〇円、災害死亡生命保険金三億八三六七万円、疾病入院給付金日額七万七〇〇〇円、成人病入院給付金日額六万三〇〇〇円となり、合計保険料(減額前)は月額三三万六一六五円に至った。

(5) 控訴人安田生命の保険勧誘員吉田博美は、平成三年一〇月二三日、乙山を経由して坂井章雄から紹介を受けて被控訴人甲野を知り、同日申込みを受けて、同年一一月一日、番号7の本件保険契約締結に至った。

被控訴人甲野は、右申込みの当初から入院給付金日額一万円を希望し、死亡生命保険金額五〇〇〇万円は却ってこの日額を確保するために定められた。

吉田博美は、被控訴人甲野の右申込みに際し、マニュアルどおりの他社加入の有無を聴取したが、被控訴人甲野は、既加入の番号1ないし5及び9並びに同時に手続をしていた同6の合計七契約につき告知せず、保険には加入していないと述べた。(甲八の10、証人吉田博美)

(6) 控訴人明治生命の保険勧誘員横田信子及び末友洋子は、平成三年一〇月ころ、やはり乙山から被控訴人甲野の紹介を受け(横田は初めて乙山を知った。)、被控訴人甲野から被控訴人会社名義で、同月二四日、番号6の本件保険契約締結の申込みを受け、同年一一月一日、本件保険契約を締結するに至った。

被控訴人甲野は、右申込みの当初から入院給付金日額一万円を希望し、死亡生命保険金額六〇〇〇万円は却ってこの日額を確保するために定められた。(証人横田信子)

(7) 被控訴人甲野は、平成四年三月から一二月にかけて、次のとおり保険料の減額を請求し、各保険会社はこれに応じている。これにより、普通死亡生命保険金は合計一億二一五〇万円、災害死亡生命保険金は合計一億六六五〇万円、保険料は合計一一万五八六九円減額となり、減額後の番号8を除く別件及び本件各保険契約における保険金は合計で、普通死亡生命保険金一億二九三三万五〇〇〇円、災害死亡生命保険金二億一七一七万円となり、保険料は合計で二二万〇二九六円となった。しかし、疾病及び成人病の各入院給付金日額に変更はない。

控訴人三井生命 平成四年二月

同  第一生命 同年三月

同  安田生命 同年一二月

同  明治生命 同年一二月

(甲六の5、八の9、一四の1及び3、二二)

(8) 被控訴人甲野は、A保険事故により平成四年七月一日から同月三一日までの間、岡垣記念病院に入院したが、退院後の同年一一月一日、被控訴人会社名義で番号8の上段の別件保険契約を締結した。これにより、普通及び災害死亡の各生命保険金額が各五〇〇万円、疾病入院給付金が日額一五〇〇円、保険料が二七〇〇円、それぞれ増加した。なお、平成四年中に前(7)のとおり各減額がされている。

被控訴人甲野は、さらに、C保険事故により岡部医院に入院中の平成五年七月一日、被控訴人会社名義で番号8の下段の別件保険契約を締結した。これにより、普通及び災害死亡の各生命保険金額が各六三万〇五〇〇円、保険料が五〇〇〇円、それぞれ増加した。

被控訴人甲野は、番号8の別件各保険契約を締結する際に、A、B、C各保険事故による入院歴を日本団体生命に告知していない。

(9) 全保険契約における保険料は、減額前で月額合計三四万三八六五円、減額後のそれは二二万七九九六円であり、減額前の年額は四一二万六三八〇円、減額後のそれは二七三万五九五二円に上っていた。

被控訴人甲野の被控訴人会社からの役員報酬は、平成三年九月から平成四年八月までは五〇〇万円、同年九月から平成八月までは四八〇万円、同年九月から平成六年八月までは六〇〇万円とされている。したがって、被控訴人甲野は、その収入の相当部分(減額前の平成三年末時点で収入の八〇パーセント余り、平成五年九月以降で収入の四五パーセント余り)を保険料の支払に充てていたことになる。(乙二ないし四)

(二) 被控訴人らの保険料滞納、保険契約の失効等

本件証拠上認められる範囲内での被控訴人らの全保険契約における契約者貸付の状況、保険料の支払・滞納状況、保険契約の失効・復活の状況は、各保険会社にみると、次のとおりである。

(1) 日本生命(番号1)

ア 被控訴人甲野は次のとおり契約者貸付(解約返戻金の範囲内で受けられる貸付であり、各保険会社ともこの制度を有している。甲五九ないし六二。)を受けている。ただし、金額は通算である。(原審における日本生命に対する調査嘱託の結果)

昭和六三年二月二四日

一八万円

同年   六月二八日

二四万五〇〇〇円

同年  一二月一九日

三五万一〇〇〇円

平成元年八月二三日

四八万六〇〇〇円

平成三年一〇月一八日

九五万四〇〇〇円

平成四年六月三日

一〇九万五〇七四円

平成五年五月六日

一三〇万九一六六円

平成六年二月一五日

一四七万三〇五四円

同年  一〇月一三日

一六六万三三四七円

(被控訴人甲野は、被控訴人会社が使用する工作機械を購入するために右貸付を受けたと供述するが、被控訴人会社の事業資金に充てられているのであれば、乙二ないし四に記載のとおりに利益が上がっている以上は返済があっても不思議ではないのに、右返済の事実は認められず、いささか不自然であって、採用できない。)

イ 銀行引き落としによる保険料の支払は、ある月の引き落としが残高不足でできなかった場合、一か月支払が猶予され、翌月に二ケ月分が引き落とされることになっている(各保険会社とも共通)。しかし、被控訴人甲野の福岡銀行岡垣支店の口座(番号〈省略〉)においては、以下のように二ケ月分一度に引き落とされた月が何度もあった。(甲四六の3、五九ないし六二)

① 平成四年七月二八日、残金が二円しかなく、その月の保険料が引き落とされていない。前日の二七日に八〇〇〇円の預け入れがされているが(三井火災の引き落としに備えてのことと考えられる。)、それ以上の額の預入れがない。

② 同年八月二七日、一万二九五五円が二回引き落とされ、五万八〇〇〇円が一回引き落とされている。一万二九五五円については、前月残高不足で引き落とされなかったため、二ケ月分が一度に引き落とされたものと推認され、五万八〇〇〇円については、前月に残高不足により引き落としができず、当月も残高不足により引き落としができなかったものと推認される。

③ 同年一〇月二八日、一万二九五五円の引き落としがされているが、五万八〇〇〇円の引き落としはされていない。残高が九八五六円しかなく、引き落としできなかったものと推認される。同年一一月及び一二月も五万八〇〇〇円の引き落としはされていない。

ウ 日本生命は、平成五年二月一二日、被控訴人甲野に対し、原判決別紙請求及び支払状況一覧表(以下「支払状況一覧表」という。)番号1の中段のとおり入院給付金を支払ったが、その際、未払保険料五万八〇〇〇円を入院給付金と相殺した。(甲一の8の一ないし三)

エ 日本生命は、同年一一月五日、被控訴人甲野に対し、支払状況一覧表番号1の下段のとおり入院給付金を支払ったが、その際、未払保険料五万八〇〇〇円を入金給付金と相殺した。(甲一の9の一ないし三)

(2) 太陽生命(番号3)

ア 被控訴人甲野は次のとおり契約者貸付を受けている。(甲四の3の一及び二)

平成四年七月一六日

五三万一一六二円

平成五年六月二一日

一九万円

合計七二万一一六二円

イ 太陽生命は、平成五年二月一九日、被控訴人甲野に対し、支払状況一覧表番号3の中段のとおり入院給付金を支払ったが、その際、未払保険料二万五〇〇〇円を入院給付金と相殺した。(甲四の5の一、二)

(3) 控訴人第二生命(番号4)

ア 保険料は一ケ月に限り滞納が許され、二ケ月以上の滞納があると保険契約が失効することになっている。すなわち、銀行引き落としによる保険料の支払は、ある月の引き落としが残高不足でできなかった場合、一か月支払が猶予され、翌月に二ケ月分が引き落とされることになっている。ただし、保険料の支払がないまま猶予期間を経過した場合でも、所定の解約返戻金があれば、その範囲内で自動的に保険料を立て替える(貸付)制度が取られている。(各保険会社とも共通。甲五九ないし六二)

イ 被控訴人甲野の福岡銀行岡垣支店の口座(番号〈省略〉)においては、以下のように二ケ月分一度に引き落とされた月が何度もあり、残高不足のために引き落としができなかった月も何度もあった。また、保険料滞納による保険契約の失効・復活もあった(失効・復活とも各保険会社で共通)。(当審における同支店に対する調査嘱託の結果、甲一四の1、四六の3、4、五八)

① 保険契約締結後六ケ月以内の平成二年五月二八日、四万八六四四円が二回引き落とされている。前月残高不足で引き落とされなかったため、二ケ月分が一度に引き落とされたものと推認される。そして、右引き落としの直前の同月二四日、乙山から、支払資金として一〇万円が振り込まれている。

② 同年六月及び七月の保険料の支払を滞納したため、同年八月一日保険契約が失効し、同月二六日復活の手続がとられた。

③ 控訴人第一生命の保険勧誘員である前記八木タメ子は、同年一一月二六日、四万八七〇〇円を入金し、翌二七日に保険料四万八六四四円が引き落とされている。

八木は、平成三年一月二五日にも、四万八六四四円を入金し、同月二八日同額の保険料が引き落とされている。

④ 平成四年四月二七日、一万五七二九円が二回引き落とされている。前月残高不足で引き落とされなかったため、二ケ月分が一度に引き落とされたものと推認される。

⑤ 平成四年一〇月一〇日、四ケ月分の自動振替貸付が行われ、平成五年八月一四日、二ケ月分の自動振替貸付が行われた。

ウ かくして、右保険料の支払は遅滞が多く、支払状況は非常に悪い。

(4) 控訴人三井生命(番号5)

保険契約締結後一年も経過していない平成二年八月及び九月の保険料の支払を滞納したため、同年一〇月一日、保険契約が失効したが、同年一一月一日復活の手続がとられた。そして、平成三年七月及び八月の保険料の支払を滞納したため、同年九月一日保険契約が失効したが、同月四日復活の手続がとられた。かくして、右保険料の支払は遅滞が多く、支払状況は悪い。(甲六の3、一四の2、五七、六〇、証人宮崎和枝)

(5) 控訴人明治生命(番号6)

被控訴人会社の福岡県中央信用組合岡垣支店の口座(番号〈省略〉)においては、以下のように二ケ月分一度に引き落とされた月が何度もあり、残高不足のために引き落としができなかった月も何度もあった。(当審における同信用組合に対する調査嘱託の結果、甲四七の3)

ア 保険契約締結後六ケ月も経たない平成四年三月から七月までの各七万四九九九円の引き落としがなく、同年八月二七日、七万四九九九円が二回引き落とされている。

イ 同年九月の引き落としがなく、同年一〇月二七日に七万四九九九円が二回引き落とされている。

ウ 同年一一月の引き落としがなく、同年一二月二八日に七万四九九九円が二回引き落とされている。

エ 平成五年一、二及び四月の引き落としがない。

オ かくして、右保険料支払状況は非常に悪い。

(6) 控訴人安田生命(番号7)

被控訴人甲野の福岡銀行岡垣支店の口座(番号〈省略〉)においては、以下のように二カ月分一度に引き落とされた月が何度もあり、残高不足のために引き落としができなかった月も何度もあった。(当審における同支店に対する調査嘱託の結果、甲四六の3、4)

ア 保険契約締結後一年以内の平成四年八月二六日、六万〇〇三三円が二回引き落とされている。前月残高不足で引き落とされなかったため、二ケ月分が一度に引き落とされたものと推認される。

イ 同年一〇月二六日、六万〇〇三三円が二回引き落とされているが、これも前同様前月に残高不足が引き落とされなかったと推認される。

ウ 同年二一月二九日、六万〇〇三三円が二回引き落とされており、これも前同様前月に残高不足で引き落とされなかったと推認される。

エ 平成五年一二月二七日、三万二九四二円が二回引き落とされており、これも前同様前月に残高不足で引き落とされなかったと推認される。

オ かくして、右保険料支払状況は非常に悪い。

(三) 本件各保険事故及び各入院の経過について

(1) 本件各保険事故における各病名に関する一般的知見(甲二七、二八、三一、三二の1ないし11、三三ないし三八、五五の1及び2、五六)

ア 虚血性心臓病について

虚血性心臓病(以下「虚血性心疾患」という。)は、狭心症や心筋梗塞などを総称した疾患名である。虚血性心疾患は心臓の筋肉(心筋)が心臓を拍動させるために必要とする血液量(酸素量)を供給できない、つまり需要に供給が追いつかない病態(心筋虚血)をさす。この心筋虚血により、狭心痛や呼吸困難などの自覚症状、ST―Tの変化や不整脈などの心電図所見、心臓壁の運動異常や心拍出量の低下などの病的状態が生ずることになる。

イ 狭心症について

(意義)

このうち、狭心症は、心臓の筋肉(心筋)の酸素需要と供給における一過性の不均衡により生じた可逆性心筋虚血(心筋の壊死を伴わない。心筋の壊死を伴う場合は心筋梗塞。)によって起こり、自覚的に胸痛・胸部絞扼感・圧迫感・胸部の何ともいえない不快感などのいわゆる狭心痛を訴える症侯群をさす。

発作の持続時間は短く、通常は三ないし五分以内に消失する。長くても三〇分以内である。

狭心症は発作の誘因、発作状況の変化、発作の機序等に基づいて各種分類されるが、経過の観点から、治療方針の決定に便利な、安定狭心症と不安定狭心症とに分ける分類が広く用いられている。

安定狭心症は、狭心痛が労作で再現され、発作回数、持続時間、胸痛の程度は変化せず、安静および硝酸薬(ニトログリセリン)舌下投与により速やかに消失する狭心症をいう。

安定狭心症に対しては、発作時直ちに労作を中止し安静とし、二ないし三分経過をみる。それでも軽快しない場合は、臥位か坐位で硝酸薬(ニトログリセリン)を舌下あるいは口腔内噴霧で用いる。五分間隔で硝酸薬(ニトログリセリン)を使用しても、発作が治まらず、二〇分以上持続するような場合は不安定狭心症と診断され、急性心筋梗塞へ移行する可能性が高くなる。

一方、不安定狭心症は、発作を起こす度に症状が強くなるものであり、急性心筋梗塞や急死に至る可能性が高い狭心症という。原則として入院の上精査を進めるべきである。

不安定狭心症に対しては、冠動脈疾患集中治療室(CCU)への収容を含めた厳重な監視・入院治療を行う必要が生じてくる。

(診断)

自覚症状が狭心痛であるかどうかを詳しく問診することにより行い、自覚症状のみで狭心症と診断してほぼ差し支えないが、確定診断は必要である。

その方法としては、①心電図がある。発作中は、心筋の酸素欠乏により、心電図のST部分が上昇又は下降する。この場合に、狭心痛を伴い、一過性であり、ニトログリセリンの投与により速やかに消失するのが狭心症の特徴である。ST部分の上昇は、下降より高度の心筋の酸素欠乏を示す。

②運動負荷心電図(マスターの階段昇降あるいはトレッドミルまたは自転車エルゴメーター)と長時間連続記録心電図(心臓の電気的変化を携帯用心電計で二四時間連続記録する検査)がある。狭心症の発作が起こっていないときの心電図は半数以上が正常であり、異常を捉えられないので、これらが用いられる。

③冠状動脈造影法がある。冠状動脈に器質的病変があるか否か、あるとすればどの程度、どの範囲か、手術適応があるか否かなどを決めるのに有用である。

④血清CPK(クレアチニン・キナーゼ)、GOT、LDHなどの酵素の上昇の有無で急性心筋梗塞との鑑別を行う。狭心症はこれらの酵素値が上昇しない。

狭心痛があることのほか、少なくとも次の一つが陽性であれば、狭心症の確定診断がされるとの見解もある。発作中あるいは運動負荷心電図にて一過性虚血性ST変化を認めること、負荷心筋シンチグラフィー(心筋血流量の減少によって生ずる心筋虚血を再分布像によって判定し、冠潅流異常部位を推定する)で再分布像を認めること、負荷心エコー図検査などで一過性左室壁運動異常を認めること、冠状動脈造影で有意狭窄ないし冠攣縮を認めること。

(治療)

ニトログリセリンの舌下投与ないし口腔内噴霧が有用である。舌下服用後溶解してから一、二分で発作が消失する。五分を経過しても発作が消失しないときは、もう一錠服用する。ただ、作用持続時間はせいぜい四〇分程度であり、長時間にわたって発作を抑制する薬剤投与が必要になる。症例の病態に応じて、β遮断剤、徐放性の亜硝酸剤、カルシウム拮抗剤などが投与される。

ウ 慢性肝炎について

慢性肝炎は、一般に六か月以上肝臓に炎症が持続する病態を指す。慢性肝炎においては、肝細胞の破壊もみられるが、肝臓内へのリンパ球浸潤や繊維の増加など、間質への炎症が長い間続く。慢性肝炎は肝炎ウイルスにより発症する。

慢性肝炎における入院治療の適応は、肝細胞からの逸脱酵素であるトランスアミナーゼの値(GOT、GPT)によって決められる。

すなわち、GOTやGPTが一〇〇IU/L以下で自・他覚症状がなければ、通常の日常生活に支障はなく、レジャー・スポーツも可能である。一〇〇ないし三〇〇IU/Lであっても、十分な睡眠と適当な休養、食後の安静を取りながら、デスクワーク程度の勤務は可能である。入院治療の適応は、三〇〇IU/Lを超える場合に、はじめて考慮される。

治療は、薬物療法(インターフェロン)が中心である。

エ 高脂血症について

高脂血症は、血清脂質中のコレステロールとトリグリセリド(中性脂肪)が異常に上昇した病態として定義され、その基準は空腹時に測定した血清コレステロール値が二二〇mg/dl、トリグリセリドが一五〇mg/dl、双方がこの基準値を超える場合である。

高脂血症の治療は食事療法と薬物療法である。食事療法は高コレステロール血症に対してはコレステロール制限、高トリグリセリド血症に対しては摂取カロリーの制限が中心で、食事療法を二か月程度行っても効果が不十分なとき、抗脂血薬による薬物療法を考えることになる。

これらの治療は、当然のことながら外来通院で行い、入院を必要としない。

オ 慢性胃炎について

慢性胃炎の診断は、胃レントゲン検査や胃内視鏡検査にて病変が認められず、上部消化管症状を有する患者に対して、比較的安易に用いられているが、本来は、生検組織の病理的検討により、胃に慢性炎症の所見がみられる場合に用いられる診断名である。

慢性胃炎の治療については、食事・生活指導を中心に、適宜ヒスタミン受容体拮抗薬などの薬物を投与する薬物療法が主体となる。

上部消化管症状のうち、吐血や下血が続く出血性胃潰瘍や痛みが強烈で穿孔性胃潰瘍が疑われる場合は入院治療も考慮されるが、それ以外では入院治療はほとんど不要である。

カ 高尿酸血症について

高尿酸血症は、血中の尿酸が一定値以上になって尿酸ナトリウムとして析出して、関節腔や腎に沈着し、急性関節炎、尿路結石、腎髄質障害などを起こす疾患である。

治療は、摂取カロリーの制限・節酒(特にビール)・水分摂取・有酸素運動・ストレスの解消などの生活指導に加え、尿酸合成抑制薬や尿酸排泄促進薬を投与する。これのみでの入院治療の必要性はない。

キ 尋常性白斑について

後天性色素異常症で、白斑は完全脱色素斑で境界部の色素増強を伴うことが多く、比較的頻度の高い皮膚疾患である。

治療はステロイド薬の外用・内服療法や長波長紫外線を照射する光化学療法、さらに手術療法としては吸引表皮下水泡を作り、得られた健常部表皮(メラノサイト)を移植する手術がある。表皮移植術等の手術療法以外は入院治療の必要はない。

(2) A保険事故に係る入院(以下「A入院」という。)治療の経過について(甲一の7の二、二の6、三の4、四の4の三、五の7、10、一〇の1ないし22、三一、五五の1及び2、証人平田熙)

ア 被控訴人甲野は、平成四年七月一日午前六時ころ、胸苦・心悸穴進・頻脈・冷汗・背部痛を訴えて、岡垣記念病院を受診した。

イ 担当医師平田熙(以下「平田医師」という。)が診察した。平田医師は、狭心症の疑いをもったが、被控訴人甲野が初診であり、以前の状況が不明であったことや、被控訴人甲野が入院を希望したことから、取り敢えず即日入院させて経過を観察することとした。

平田医師は、入院を決めるとともに、同日、ホルター心電図検査を指示したが、さらに、七五グラム糖負荷試験(糖尿病の有無を調べる検査)、腹部超音波検査、胃内視鏡検査(胃カメラ)、逆行性大腸造影法(注腸造影)、体部コンピュータ断層撮影法(CT)を指示した。ホルター心電図検査以外の検査は、「狭心症の疑い」で入院させた患者に対する検査としては、時期的に適当ではなく、入院当日に指示を出す必要性もなかった。

ウ 被控訴人甲野は、同日午前一〇時三〇分、独歩にて入院したが、その時点では、胸苦・頭痛・眩暈各マイナス、食思プラスであり、同日午後七時で、胸苦・気分不良各マイナスであった。翌七月二日午前六時、特に訴えなし、同日午前一〇時、胸苦・動悸・眩暈各マイナス、脈拍・整、午後九時、胸苦・動悸各マイナス、七月三日から退院した七月三一日までは、『特に訴えなし・特変なし』というものであり、狭心症の発作様の症状は認められない。

エ 平田医師は、いずれも検査目的をスクリーニングとして、七月六日、肝臓のコンピュータ断層撮影法を、同月八日、逆行性大腸造影法(注腸造影)を、同月一三日に、食道・胃・一二指腸内視鏡検査を行った。

これらの検査は、絶食・浣腸等の前処置及び食道への内視鏡挿入に伴う副交感神経(迷走神経)反射惹起並びにこの反射を抑えるための硫酸アトロピン投与など、循環動態に少なからず悪影響を及ぼすものであり、入院が必要であった狭心症(疑い)の患者に対して、入院一ないし二週間前後に実施した理由を見出すのが困難である。なお、これらの検査は、もちろん外来でも可能であった。

オ 他方、平田医師は、狭心症の確定診断をするための検査(ホルター心電図検査、モニター心電図検査、運動負荷心電図検査、心筋プールシンチグラフィー、冠状動脈造影)や心筋梗塞の判定に資するCRK(クレアチニン・キナーゼ)も測定していない。

カ また、平田医師は、被控訴人甲野に対し、食事療法【心臓食(減塩食)】、薬剤投与として、ビタミンE剤、複合ビタミンB剤、健胃消化剤、不眠時に睡眠導入剤を処方したが、狭心症発作の寛解用の硝酸薬(ニトログリセリン)、発作の予防用のべータ受容体遮断薬、カルシウム拮抗薬も処方していない。

(3) B保険事故に係る入院(以下「B入院」という。)治療の経過について(甲一の8の二、二の7、三の3、四の5の三、三〇、三一、五五の1及び2、当審における後記病院に対する調査嘱託の結果)

ア 被控訴人甲野は、平成四年一二月一六日、宗像水光会総合病院を受診した。津留水城医師(以下「津留医師」という。)が診察したが、被控訴人甲野は、動悸の継続と全身倦怠を訴え、平成四年七月ころ狭心症との診断で岡垣記念病院にて入院治療を受けたが、再発と不眠が続くと訴え、精密検査のための入院を希望した。

イ 同日の心電図検査によると、I・aVL・V3ないしV6の各誘導にSTの低下と陰性Tが認められた。この変化は、非特異的ST―T変化と呼ばれ、原因として、心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患のほか、心筋障害、心筋症、心室肥大、電解質異常、自律神経障害、代謝性疾患などが考えられる。津留医師は、同月二一日から被控訴人甲野を入院させることを決めた。

ウ 同月一七日に結果が出た血液検査結果によれば、γGTP一五〇、ALP10.6、GOT七七(基準値八ないし四〇)、GPT八三(基準値三ないし三五)、チモール9.8、ビリルビン1.5、血清コレステロール二六八mg/dl(基準値一三〇ないし二二〇)、中性脂肪五五一mg/dl(基準値五〇ないし一五〇)、尿酸値7.1mg/dlであった。

GOT・GPTがやや高値を示すものの、一〇〇以下であり、通常の日常生活に支障はない状態であり、この面では入院治療の必要は認められなかった。

血清コレステロール値及び中性脂肪値からは、高脂血症があると認められたが、これ自体でも入院の必要性は認められなかった。

津留医師は、これらの結果から、狭心症の疑い、慢性肝炎(増悪)、高脂血症、尋常性白斑(顔、両手首)と診断した。

エ 同月二二日の生化学検査では、CPK(クレアチニン・キナーゼ)五六であり(同月三〇日のそれは五五)、正常値の範囲内であった。

同月二四日のホルター心電図検査の結果は、虚血性変化なしというものであり、同日の胸部レントゲン写真撮影の結果によれば、心陰影の大きさを図る心胸郭比(CTR)は三九パーセント(正常値は五〇パーセント以下)であって、心臓の肥大・拡大は認められず、同日の心臓超音波検査でも、「ほぼ正常」という結果であった。したがって、心筋症や心室肥大も否定される。

また、症状からして、電解質異常、自律神経障害、代謝性疾患も認められない。

以上によれば、心筋虚血を示す心電図検査の非特異的ST―T変化は心筋障害によってもたらされた可能性が最も高い。

オ ところで、被控訴人甲野に対しては、入院翌日の平成四年一二月二二日に消化管レントゲン検査(胃透視)、同月二五日には上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)・生検が行われており、循環動態に悪影響のある検査が入院翌日から数日のうちの実施されたことになる。

さらに、被控訴人甲野は、入院三日目の同月二三日午前八時から午後七時三〇分まで外出、翌二四日午後外出、二六日無断外泊して二七日午後七時四五分帰院、二九日無断外出、三一日、平成五年一月一日外泊して二日午後七時帰院、三日外出、五、七日外出、九日外泊して一〇日帰院、一七日外出・外泊、一八日退院と、短期間に外出・外泊を繰り返しており、入院期間中の外出計七回、外泊は計五回に及んでいる。

カ 被控訴人甲野に対する治療は、食事・対症療法が施行された。入院中の血清コレステロール値・中性脂肪値は、平成四年一二月三〇日には264.258と、平成五年一月一四日には242.243と、低下した。

入院中のGOT・GPTは、平成四年一二月三〇日が74.78、平成五年一月一四日が60.74と、いずれも一〇〇以下となっている。

高脂血症に対しては、抗脂血薬が処方され、尋常性白斑に対しては、外用薬であるトプシムクリームが処方された。

キ 以上によれば、緊急入院が必要な急性心筋梗塞への移行を考慮しなければいけない不安定狭心症であった可能性は極めて低く、入院の必要性があったと断定することはできない。

(4) C保険事故に係る入院(以下「C入院」という。)治療の経過について(甲一の9の二、二の11、三の2、四の6の三、五の8、五の10、一一の1ないし12、三一、五五の1及び2、証人村井一郎)

ア 被控訴人甲野は、平成五年六月四日、岡部医院を受診し、村井一郎医師(以下「村井医師」という。)の診察を受けた。初診時、被控訴人甲野は、平成四年一二月から平成五年一月にかけて他院に入院したこと(その前の入院(岡垣記念病院)のことは話していないし、入院治療の内容も話していない。)、その後全身倦怠感、胸部不快感が続いていることも訴えた。しかるに、村井医師は、被控訴人甲野を慢性胃炎と診断した。

被控訴人甲野は、同月一〇日、岡部医院において、前回食事をしていたことから受けることができなかった胃透視及び腹部超音波検査を受けた。この結果及び血液検査結果による血清コレステロール値・中性脂肪値の上昇、HDLコレステロール値の低下、尿酸値(8.4mg/dl)の結果から、被控訴人甲野は、高脂血症、高尿酸血症、脂肪肝と診断された。

イ 被控訴人甲野は、同月一八日、岡部医院を受診し、全身倦怠感、胸苦、胸痛を訴えたので、心電図検査が行われた、心電図検査(12誘導)の結果、陰性Tの虚血性変化がみられたので、村井医師は、狭心症か心筋梗塞を疑い、虚血性心臓病との診断名を付し、経過観察のための入院を勧め、被控訴人甲野はこれに応じた。

ウ 被控訴人甲野は、入院後の同月三〇日、入院時からの左胸部痛が続くと訴え、八月一九日胸苦を訴えたりしていたが、心電図検査(12誘導)においては、七月一二日ST低下、八月二〇日陰性T、九月一七日陰性T、一〇月一八日軽度のST―T異常?との所見が示されている。

このST―Tの変化は、非特異的ST―T変化と呼ばれるところ、被控訴人甲野には、その変化を示す原因である心筋症や心室肥大、電解質異常、自律神経障害、代謝性疾患(前記(3)イ)は認められなかった。

エ 六月一八日、九月一七日、一〇月一八日の各心電図波形で非特異的ST―T変化の波形がほぼ同じであるので、胸部不快感・左胸部痛は訴えているものの、被控訴人甲野が緊急入院が必要な急性心筋梗塞への移行を考慮しなければいけない不安定狭心症であった可能性は極めて低く、心筋虚血を示す心電図検査の非特異的ST―T変化は狭心症ではなく心筋障害によってもたらされた可能性が最も高かった。

オ 村井医師も、被控訴人甲野が冠動脈疾患集中治療室(CCU)への収容を含めた監視・入院治療が必要となる不安定狭心症ではなく、心筋障害と判断したため、入院二日目の六月一九日に糖尿病の検査である七五グラム糖負荷試験を実施したりしている。村井医師のこのような判断は、入院後も確定診断に向けてホルター心電図検査、モニター心電図検査、運動負荷心電図検査、心筋プールシンチグラフィー、さらに冠状動脈造影検査のいずれも行われていないことにも裏打ちされている。

カ 被控訴人甲野においては、岡部医院入院三日目の六月二〇日には早くも外泊し、同月二二日から二四日と外泊し、二五日に帰院したほか、一二五日間の入院中に合計二〇日間も家庭の都合との理由で外泊している。

キ 村井医師は、入院当日、被控訴人甲野に対し、徐放性硝酸薬であるフランドルを処方したほか、入院中の治療として、食餌及び内服薬治療を行った。

被控訴人甲野の血清コレステロール値・中性脂肪値はそれぞれ、七月一三日262.379、八月一二日228.546、九月一三日二二八、二四九、一〇月一日273.186と基準値を超えていたが、被控訴人甲野のこの程度の高脂血症に対しては、入院治療の必要がないことは前記のとおりである。

被控訴人甲野の血清尿酸値は、七月一三日7.6mg/dl、八月一二日7.7mg/dl、九月一三日4.3mg/dl、一〇月一日7.2mg/dlとなっていたが、基準値(正常値)は3.5ないし7.9mg/dlであって、被控訴人甲野のこの程度の高尿酸血症に対しては、入院治療の必要がないことは前記のとおりである。

ク 村井医師は、同年一〇月一日時点での諸検査結果から、軽快傾向が確実と認め、同月一三日、被控訴人甲野に退院を勧めた。しかし、被控訴人甲野は、病状持続を訴えて入院を続け、同月二〇日、ようやく退院に同意して退院した。被控訴人甲野は、退院後は一度も岡部医院に通院しなかった。

(四) 被控訴人甲野の関係者による不正請求について

(1) 乙山について

ア 被控訴人甲野と乙山は、二〇年来の知人であり、被控訴人甲野は、控訴人らとの本件各保険契約の締結に際し、すべて乙山からの紹介を受けている。(被控訴人甲野本人)

イ 乙山は、昭和六一年当時、その親族ら所有の福岡県宗像市大字赤間字下町〈番地略〉の土地上に居宅を新築するにつき、自らの信用では住宅ローンを組むことができなかったため、被控訴人甲野に名義貸しを頼み、被控訴人甲野は、これに応じた。被控訴人甲野は、自己名義で住宅金融公庫及び年金福祉事業団から一七四〇万円を借り受けて、乙山に居宅建築資金を供与し、右居宅の所有権保存登記名義人となり、乙山に右居宅を使用させている。なお、右居宅は、平成七年一一月、競売開始決定を受けている。(甲一五の1及び2、被控訴人甲野本人)

ウ 乙山は、昭和五八年末から五九年末にかけて、太陽生命、日本生命、富国生命、住友生命、日本団体生命、大同生命、簡易保険、控訴人第一生命、同三井生命、同明治生命の保険に集中的に加入しており、入院給付金日額は合計一〇万四〇〇〇円にも上っており、控訴人明治生命からは、入金給付金として総計二〇五〇万円を受領している(これらの入院中には、狭心症を理由とする岡垣記念病院への二度の入院、胃潰瘍・高血圧症並びに慢性膵炎・胃術後症を理由とする岡部医院への二度の入院を含む。)。(甲一八の1ないし4、二六の1及び2)

エ ちなみに、乙山の兄である乙山二郎は、大同生命、日本生命、富国生命、農協共済、簡易保険、控訴人明治生命、同三井生命、同第一生命の保険に加入し、入院給付金日額合計は少なくとも五万一〇〇〇円になる。控訴人明治生命の同人への支払額は、成人病入院だけでも二一〇〇万円(七〇〇日)に上っている。(甲一八の4、二六の1)

(2) 丙田について

ア 丙田は、被控訴人甲野とは幼友達であり、かつて防火扉の共同事業を営んだ関係にあり、またその後被控訴人会社の取引を通じて密接な関係にある。また、丙田と乙山は、昭和五七年以降商売上の付き合いから懇意にしていた。(甲五の10、一九、被控訴人甲野本人)

イ 丙田は、住友生命、日本生命、アリコ、太陽生命、朝日生命、農協共済、簡易保険(三契約)、控訴人安田生命、同三井生命(乙山の紹介である。と同明治生命、同第一生命(二契約)の保険に加入し、このうち控訴人ら四社については、平成四年八月から一〇月にかけて加入した。月々の保険料は合計三三万円程度である。

丙田は、当初から入院給付金を不正に取得する目的でこれらの者との生命保険契約を締結し、不必要な入院(平成四年一〇月から平成五年六月にかけて二回、うち一回は岡垣記念病院であり、病名を胸苦・冷汗・全身倦怠感・心電図異常を伴う狭心症としている。)をして入院給付金を詐取しようとしたと福岡地方裁判所平成六年(ワ)第一〇三〇号債務不存在確認請求事件の判決で判断されている。(甲一二、一九、二〇、二三、証人宮崎和枝)

(3) 丁川三郎(以下「丁川」という。)について

ア 丁川は、平成八年三月から被控訴人会社の従業員をしているが、丁川夫婦の仲人は丙田である。

丁川は、控訴人明治生命、同三井生命、同第一生命の保険に加入し、控訴人明治生命から疾病入院給付金一七二万八〇〇〇円を取得している。(甲一九、二六の1、四九の1ないし5、被控訴人甲野本人)

イ 丁川は、控訴人三井生命に対し、平成五年一一月一〇日、災害による入院給付金を請求した。これは、同年八月一〇日に、被控訴人甲野所有名義の宗像市大字赤間〈番地略〉所在の前記建物の屋根上で作業中に腰を捻ったというものであり、同年八月二五日から一一月五日まで入院したというのである。(甲五〇の1ないし3)

ウ また、丁川は、平成六年二月三日、控訴人三井生命に対し、疾病入院給付金を請求した。これは、平成五年二月一五日から六月二一日までの間、肝炎にて岡垣記念病院に入院したというものである。しかし、平田医師作成の入院証明書の記載からすると、右肝炎は、GOT一二七、GPT一四六、γGTP一四三であり、前記の肝炎についての知見からすると、入院の必要性をただちには認め難いものであった。なお、丁川は、控訴人明治生命に対しても、右二回の入院給付金を請求した。(甲五一の1、2、五四)

(4) 乙山の交渉代理について

被控訴人らは、平成六年一月二〇日、控訴人明治生命との入院給付金請求に係る交渉について、乙山を交渉代理人と指定し、丙田においても、控訴人第一生命との入院給付金の請求に係る交渉について、乙山に援助を依頼している。(甲一七の1及び2、一九)

(五) アリコとの別件保険契約の合意解約

被控訴人甲野は、原判決別紙請求及び支払状況一覧表番号2に記載のとおりアリコからA・B・C入院について入院給付金を受け取った後、平成六年一月八日、アリコとの別件生命保険契約を合意解約した。(甲二の8、9、12ないし14)

(六) 本件各保険契約の現時点における失効について

控訴人らは、本件が不正受給グループの案件として問題化したことから、保険料の引き去りの措置を停止した。被控訴人らは、本件各保険契約を維持するための保険料の支払供託を行っておらず、被控訴人らの通帳には、保険料を支払うに足る入金はされていない。このため、被控訴人らと控訴人ら間の保険契約は、保険料未払のため、現在失効している。そして、失効から三年以上経過しており復活も不可能である。(甲四二ないし四五、四六及び四七の各枝番、五九ないし六二)

2 判断

以上の事実を前提に、本件各保険契約が詐欺無効約款により無効であるかどうかについて検討を進める。

(一)  被控訴人甲野は、既に三口の別件各保険契約(別紙一覧表番号1、2、9)を締結している状態で、二ケ月間に三口の本件各保険契約(番号3ないし5)を締結し、それから約一年一〇か月後に同時に二口の本件各保険契約(番号6、7)を締結し、これにより、疾病入院給付金額日額は七万七〇〇〇円、成人病入院給付金日額は六万三〇〇〇円、合計入院給付金日額は一四万円の高額に上り、この保険料は減額前で月額三三万六一六五円、減額後で二二万〇二九六円にもなっている。

そして、被控訴人甲野は、これらの保険契約の保険料について、滞納や、滞納による失効、復活を繰り返しており、保険料の支払状況は遅滞が多く非常に悪い状況であったのにもかかわらず、新たな保険に加入しようとしたものである。

この様に同一時期にいくつもの保険に入ろうとするのは、通常は、特に保険加入の必要性を増加させるような事情があってのこととみるのが合理的であるが、被控訴人甲野は、この必要性を増加させる事情について合理的な説明をしていないし、右事情を認めるに足りる証拠もない。被控訴人甲野は、被控訴人らの主張欄2のとおり主張するが、右の滞納、失効及び復活の状況にかんがみると、およそ、このような杜撰、かつ、場当たり的な支払状況を背景にした本件各契約締結の必要性なるものを認めることはできないのみならず、却って、不正の意図があったことが強く推認される。

(二)  被控訴人甲野は、生命保険の加入に際し、既に他の複数の生命保険に加入しているにもかかわらず、その事実を全部もしくは一部黙認したまま契約締結に至っている。このようなことは、正規に保険契約を締結する事態を想定すれば、その不自然性を覆うべくもない。

本件各保険契約における本件各特約には、『他の保険契約との重複によって、被控訴人にかかる給付金額等の合計額が著しく過大であって、保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合、保険会社は、当該特約を将来に向けて解除することができる』旨の重大事由解除の規定が定められている(甲五九ないし六二)のであって、この規定の趣旨からしても、生命保険契約の締結にあたって、同種の保険に、保険制度の目的を超えて多数加入することは、許容されないと考えられるのである。

(三)  被控訴人甲野は、その保険加入の過程において、死亡生命保険金額より入院給付金額がいくらかということに強い関心を示し、入院給付金額が高額となるように注意を払っていた(認定事実(一)の(3)ないし(6))。このことは、平成四年中に死亡生命保険金額を減額しても入院給付金額はこれを維持した態度にも表れている。そうすると、被控訴人甲野の本件各保険契約締結の真意は、高額の入院給付金取得にあったとみることが可能である。

(四)  被控訴人甲野は、病院をその都度変えて三度の入院をしているが、この入院の必要性は、前示認定によれば、認めることが困難であるか、著しく低かったというべきである。

すなわち、右各入院の必要性を肯定づける可能性があるのは、不安定狭心症(の疑い)であり、被控訴人甲野には、心電図にST―T変化がみられるのであるが、二病院においては不安定狭心症かどうかの確定診断を行っていないし、残る一病院においてはホルター心電図検査を行ったが、虚血性変化はないという結果であった。そして、三病院とも、入院後まもない時期に緊急性を要しない検査や、循環動態に少なからず悪影響を及ぼす可能性のある検査を実施している。これらは、医師において、被控訴人の状態について、危惧感を懐いていなかったことを窺わせ、ひいては、被控訴人甲野に入院の必要性がなかったことを窺わせる証左とも理解される。

他方、被控訴人甲野においても、これまでに受診したことのない病院であり、かつ、乙山らも度々入院して、入院給付金受領の舞台とした同じ病院で受診し、かつ、希望して入院しているのであり、しかも、入院後すぐに度々外出・外泊を繰り返している。かかる被控訴人甲野の奇異な行動態様からすると、被控訴人甲野は、自分の病状に不安を抱いて病院に行ったのではないのではないかという疑問を強く懐かざるを得ない。

(五)  被控訴人甲野は、本件と同様の態様によって二〇五〇万円もの多額の入院給付金受給の経歴を持つ乙山((四)(1)ウ)と親交を重ね、乙山から何回も生命保険会社を紹介され、前示のように多数、多額の生命保険に加入しているし、同人の公的融資機関からの借入れにつき名義貸しをするなど((四)(1)イ)、その関係は極めて親密である。そして、被控訴人甲野の周りには、乙山のほかに、乙山二郎、丙田、丁川といった、多数の生命保険に加入し、多額の入院給付金を取得している人物が跋扈しており、これらの者が共通して入院しているのが、被控訴人甲野も本件で入院した岡垣記念病院及び岡部医院である。

このような繋がりは、日常的には全く理解できない事実であり、希有の事態である。この事実と、前記認定(1(一)(2)ないし(6))のように、本件各保険加入はほとんど乙山の口利きから始まり、また、被控訴人甲野は、保険料支払資金の不足を乙山に援助してもらったりしていること((二)(3)イ①)、本件も乙山及びそのグループというべき乙山二郎らの多額の入院給付金の受給経緯と類似していること等を考慮するとき、本件は、被控訴人甲野が、乙山らと情を通じて敢行されたものとすれば、その全体像を容易に理解することができる。すなわち、被控訴人甲野は、乙山と相謀って被控訴人甲野が保険に加入した上で、入院給付金を受け取ろうと画策したことが窺われるのである。このように理解すれば、被控訴人甲野及び丙田が、乙山を両名の代理人ないし使者として控訴人らと交渉させようとしたことも容易に理解できる。

(六)  被控訴人甲野は、昭和六三年五月一日にアリコに加入して解約まで六年も保険料を払い続けたにもかかわらず、三回にわたり入院給付金を受け取った後は、解約に応じて長期契約者の既得権を放棄しているし、本件各保険契約を維持するための手だても何ら講じていない。

被控訴人甲野のこのようなあっさりとした対応は、不正受給の意図をもって一連の保険加入をし、入院給付金受領により目的を達成したので保険契約の継続の必要性を感じなくなったためであると理解することも可能である。

(七)  以上の検討によれば、他に合理的な説明がない限り、被控訴人らは、当初から、その基本的で本来的部分である死亡生命保険金の取得ではなく、あえて付随的契約である入院給付金を不正に取得する目的で本件各保険契約を締結した上、不必要な入院をして入院給付金を詐取しようとしたものと認めるのが相当であって、本件各保険契約は、被控訴人らの詐欺により締結したものというべきである。

よって、本件各保険契約の締結行為が公序良俗に違反するかどうかを検討するまでもなく、詐欺無効約款に基づき、本件各保険契約は無効というべきであり(この旨の意思表示がされていることは当事者間に争いがない。)、控訴人らは、既に払い込まれた保険料を払い戻す義務を有しないし、不当利得返還請求権に基づき、既に支払った入院給付金相当額の返還を求めることができるというべきである。

二 結論

以上の次第で、控訴人らの本件各請求はいずれも理由があり、これと異なる原判決は不当である。また、被控訴人らの当審反訴請求は、本件各保険契約が無効である以上いずれも理由がない。

以上であるから、主文のとおり判決する。

(裁判官・兒嶋雅昭、裁判官・下野恭裕 裁判長裁判官・川本隆は、転補のため署名押印できない。裁判官・兒嶋雅昭)

別紙生命保険契約一覧表〈省略〉

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